2020年7月8日、欧州議会の本会議において、日本の実子誘拐を禁止するよう求める決議が採択されました。その和訳と解説を行っております。ここでは決議の前半部分を扱います。後半部分はPart 1を参照してください。
決議の前半部分は、前提になる条約、状況や経緯などについて述べています。欧州議会ひいてはEU社会の現状認識、子どもや親子の問題に対する認識などをうかがい知ることができると思います。日本社会の認識と比べてみてください。
前半部分はさらに、冒頭の箇条書きの部分と、アルファベット項目の部分があります。箇条書きの部分は決議が基づく条約や規則を述べています。アルファベット項目の部分はすべて「whereas」という接続詞で始まる文章になっています。意味としては「一方で」のような意味ですが、この部分は経緯を述べる条項として定型的な使い方であり、この単語の訳出はしません。
翻訳をするにあたり、以下のように訳することにしました。
- child, children = 子ども
- child abduction = 子どもの誘拐, parental child abduction = 親による子どもの誘拐
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- 原文では、それぞれ使い分けられていると判断しました
- left-behind parent(s) = 取り残された親
- Japanese authorities = 日本の各当局
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- 複数形であることを明示するため「各当局」としました
- 条約や役職の名称は、政府訳を用いました
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- ただし「児童の権利に関する条約」は、通称の「子どもの権利条約」を使用しています
訳注については〈 〉内にで示しています。また、原文には無いものの、わかりやすくするため補った語も〈 〉で示しています。条約名など、わかりにくい一部の固有名詞は文と区別するために「」で括っています。文の区切りは原文に忠実であり、分割や入れ替えなどはしていません。
注意深く翻訳しましたが、誤訳、訳漏れ等ございましたら、お問い合わせよりお気軽にご連絡ください。なお、この和訳を用いて発生した損害などについて、当団体は一切の責を負わないものとします。
欧州議会は、
- 世界人権宣言の第1条を考慮し、
- 1989年11月20日採択の「子どもの権利条約(UNCRC)」の第9条を考慮し、
- 1980年10月25日採択の「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(以下、1980年採択のハーグ条約)」を考慮し、
- 欧州連合条約(TEU)の第2条、第3条(1)、第3条(5)、および第3条(6)を考慮し、
- 欧州連合基本権憲章の第24条を考慮し、
- 1963年採択の「領事関係に関するウィーン条約」を考慮し、
- 欧州議会に申し入れがあった請願に基づく2016年4月28日採択の決議内で強調された、EU全域における子どもの最善の利益を保護する原則を考慮し、
- 2017年の「子どもの権利の促進と保護のためのEUガイドライン」を考慮し、
- 親による子どもの誘拐の問題、ならびに日本においてEU市民権を有する子どもが関わる監護権とアクセス権の紛争に対応している、子どもの権利の欧州議会コーディネーターの役割と活動を考慮し、
- 2020年2月19日から20日に行われた請願委員会の会議における審議を考慮し、
- 〈欧州議会の〉手続き規則227(2)を考慮し、
A. 請願委員会は、2020年2月19日の会議で、一方の親がEU市民で他方が日本人であるような混合国籍の夫婦が関与する、親による子どもの誘拐および訪問権に関する請願0594/2019、0841/2019、0842/2019、0843/2019について議論した。
B. これらの請願は、日本おいては、1980年採択のハーグ条約に基づく手続きによって裁判所が決定した子どもの返還の実績が低いという懸念、および、アクセス権と訪問権を執行する手段の欠如により、EUの親が日本に在住する子どもと有意義な関係を維持することを妨げているという懸念を引き起こした。
C. 一方の親がEU市民で、他方が日本人であるような親による子どもの誘拐では、未解決の事件がかなりの数にのぼることは憂慮すべきである。
D. 日本の法律では、共有または共同の監護権を獲得することは不可能である。また、子どもの誘拐は重度の児童虐待であるということが、様々な情報源によって示されている。
E. 日本における取り残された親のアクセス権と訪問権は、極めて制限されているか、存在しない。
F. すべての〈EU〉加盟国は、1980年採択のハーグ条約およびUNCRC〈子どもの権利条約〉の締約国である。
G. 日本は、2014年に1980年採択のハーグ条約に加盟し、1994年以来UNCRCの加盟国となっている。
H. 日本在住のEU市民である子どもは、自身の幸福〈原文ではwell-being〉になくてはならない保護と養護〈原文ではcare〉を享受しなければならない。また、彼らは自分の意見を自由に表明できる。また、その年齢と成熟度に応じて、子どもに関わる事柄については、その意見は考慮に入れられなければならない。
I. 両親は自身の子どもの教育〈原文ではunbringing、しつけとも〉と発達に、第一義的な責任を持つ。また、子どもの教育と発達には、両方の親が共通の責任を負うという原則の認識を確実なものにするため、〈UNCRC〉締約国は最善の努力をすることが義務づけられている。
J. 日本国内のEUの子どもに関する全ての措置は、子どもの最善の利益を第一に考慮しなければならない。
K. 日本国内のあらゆるEUの子どもは、子どもの最善の利益に反しない限りは両方の親との定常的な人間関係および直接の接触を維持する権利を持っていなければならない。
L. 〈UNCRC〉締約国は、司法の審査を受ける所轄当局が、適用される法律と手続きに従って子どもの最善の利益のために別居が必要と決定する場合を除き、両親の意思に反して子どもが両親と別居させられないことを確実なものにするよう義務付けられている。こうした決定は、両親による子どもの虐待またはネグレクトがある場合や、両親が別居中でその子どもの居住地を決定しなければならない場合など、特定の場合において必要となることがある。
M. 〈UNCRC〉締約国は、子どもの最善の利益に反しない限り、一方または両方の親と別居中の子どもが、両方の親との定常的な人間関係および直接の接触を維持する権利を尊重することが義務付けられている。
N. 適時の子どもの返還を確保するために、1980年採択のハーグ条約の全ての締約国は、条約上の義務と責務に適合する国内の措置と法制度の整備を約束しなければならない。
O. 両親が異なる国に居住する子どもは、例外的な状況を除き、両方の親との定常的な人間関係および直接の接触を維持する権利を持っていなければならない。
P. フランス大統領エマニュエル・マクロン、イタリア首相ジュゼッペ・コンテ、およびドイツ首相アンゲラ・メルケルは、フランス・イタリア・ドイツの親の代表として日本国首相安倍晋三と話し、欧州諸国の大使は連名で親による誘拐に関する書簡を日本の法務大臣に送付した。
Q. 2019年8月、一方の親に子どもを誘拐された親達により、国連人権理事会に対し正式な告訴がなされた。
R. 2018年以来、欧州議会の子どもの権利コーディネーターは、個々の親を支援し、親による子どもの誘拐ならびにEU市民が関わる監護とアクセスの紛争に関して、2018年10月には日本の法務大臣、2019年5月には欧州連合日本政府代表部特命全権大使を含む日本の各当局に対して、具体的な問題を提起してきている。
S. 請願委員会は2020年3月6日に、欧州議会の子どもの権利コーディネーターは2020年2月5日に、欧州委員会副委員長兼欧州連合外務・安全保障政策上級代表(VP/HR)ジョセップ・ボレルに書簡を送付し、1980年採択のハーグ条約およびUNCRC〈子どもの権利条約〉に基づく日本の国際的義務を、日EU戦略的パートナーシップ協定〈SPA〉の一環として開かれる次回会合の議題に含めるように要請した。
T. 2020年1月31日に行われた日EU戦略的パートナーシップ協定〈SPA〉の第2回合同委員会において、司法の決定の尊重、およびUNCRC〈子どもの権利条約〉や1980年採択のハーグ条約といった日本の国際的なコミットメントへの尊重を確実なものにするために、EUは日本に対し、国内の法的枠組みの改善およびその効率的な履行を要請した。EUはまた、子どもの最善の利益を確保すること、ならびに両親に与えられた訪問権を尊重することの必要を強く主張した。
U. 2020年2月19日から20日に行われた請願委員会の会議の結果を受け、委員会は欧州連合日本政府代表部に書簡を送付し、その中で、日本の各当局が子どもの人権および国際的な子どもの誘拐の民事的側面〈この一節はハーグ条約の名称の一部だが、ここでは誘拐と訳した〉に関する国内および国際的な法律を遵守するよう求めた。
〈後半部分は省略、Part1で〉
★解説
世界人権宣言
各国語 https://ja.wikisource.org/wiki/世界人権宣言
子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)
各国語 https://ja.wikisource.org/wiki/児童の権利に関する条約
国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約
和文 http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000003581.pdf
英文 http://www.hcch.net/index_en.php?act=conventions.text&cid=24
なお、この条約の英語名は「Hague Convention on the Civil Aspects of International Child Abduction」であり、本稿のルールに従って訳せば、「国際的な子どもの誘拐の民事上の側面に関する条約」でしょうか。abductionは素直に訳せば誘拐や拉致ですが、政府による名称では「奪取」と通常は人を対象に使わない言葉を使っています。こうした和訳時におけるごまかし、矮小化に対抗するには、原文にあたってみるということを心がけねばなりません。
欧州連合条約(TEU)
EU各国語 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:02016M/TXT-20200301
オリジナルはマーストリヒト条約とも。
欧州連合条約を含む、欧州連合基本条約のWikipediaによる解説 https://ja.wikipedia.org/wiki/欧州連合基本条約
欧州連合基本権憲章
EU各国語 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:12012P/TXT
Wikipediaによる解説 https://ja.wikipedia.org/wiki/欧州連合基本権憲章
領事関係に関するウィーン条約
和文 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/B-S58-0477_1.pdf
英文 https://en.wikisource.org/wiki/Vienna_Convention_on_Consular_Relations
Wikipediaによる解説 https://ja.wikipedia.org/wiki/領事関係に関するウィーン条約
EU全域における子どもの最善の利益を保護する決議
EU各国語 https://www.europarl.europa.eu/doceo/document/TA-8-2016-0142_EN.html
原文にはここにフットノートが付されていますが上記ドキュメントの事です。
子どもの権利の促進と保護のためのEUガイドライン
欧州議会の手続き規則
EU各国語 https://www.europarl.europa.eu/doceo/document/RULES-9-2020-02-03-TOC_EN.html
規則227は請願についての規則です。
2020年2月19日に行われた請願
ダイジェストに日本語字幕をつけたもの https://www.youtube.com/watch?v=ZyCQG2puUQ8
D, E
日本の現状について述べています。「共同の監護権は不可能」「別居親のアクセス権と訪問権は、極めて制限されているか、存在しない」、これらはまったくその通りで、はたしてこれが子どもの最善の利益に適っているのでしょうか。この決議文でたびたび現れる「子どもの最善の利益」は日本では明確な基準がありません。即ち個別具体的という名の恣意的運用となっています。
そして日本で行われているような「子どもの誘拐は、重度の児童虐待」との重要な指摘があります。なお、重度の部分はsevere form、直訳すれば深刻な形態というような意味ですが、この言葉は重症といった使われ方をしているので、ここでは重度としました。
Q
代理人である Zimeray & Finelle Law Firm による ニュースリリース(Internet Archiveより) https://web.archive.org/web/20191214071947/https://www.zimerayfinelle.com/wp-content/uploads/2019/08/press-release-japan-11.08.2019-1.pdf