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欧州議会の日本の実子誘拐に関する決議を翻訳・解説 Part 1

2020年7月8日、欧州議会の本会議において、日本の実子誘拐を禁止するよう求める決議が採択されました。この決議は、日本に在住していて実子誘拐の被害にあった、EU市民の当事者が欧州議会の請願委員会に請願したことで実現しました。

 

ほぼ全会一致(賛成:686票、反対:1票、棄権:8票)での採択ということで、この問題を放置し続ける日本へのEU各国の厳しい態度が明らかなったといえるでしょう。深く内容に踏み込んだ決議という点でも画期的です。

 

決議の本文はこちらになります。

https://www.europarl.europa.eu/doceo/document/TA-9-2020-0182_EN.html

 

本稿では、その決議の内容を私訳として翻訳し、解説を加えます。

 

この決議は大まかに、前提になる状況などを述べた前半(箇条書きとアルファベットの条項)と、具体的な要請事項などを述べた後半(数字の条項)に分かれています。Part 1となる本稿では、内容的にも重要になるであろう後半から見ていきます。前半部分はPart 2をご覧ください。

 

読み進めていただくとわかりますが、必ずしもEU市民との国際結婚やその間で生まれた子どもだけを対象にはしていません。そのあたりを注意して読んでもらえれば幸いです。

 

翻訳をするにあたり、以下のように訳することにしました。

  • child, children = 子ども
  • child abduction = 子どもの誘拐, parental child abduction = 親による子どもの誘拐
    • 原文では、それぞれ使い分けられていると判断しました
  • left-behind parent(s) = 取り残された親
  • Japanese authorities = 日本の各当局
    • 複数形であることを明示するため「各当局」としました
  • stress = 強く主張する

訳注については〈 〉内にで示しています。また、原文には無いものの、わかりやすくするため補った語も〈 〉で示しています。条約名など、わかりにくい一部の固有名詞は文と区別するために「」で括っています。文の区切りは原文に忠実であり、分割や入れ替えなどはしていません。

 

注意深く翻訳しましたが、誤訳、訳漏れ等ございましたら、お問い合わせよりお気軽にご連絡ください。なお、この和訳を用いて発生した損害などについて、当団体は一切の責を負わないものとします。

 


欧州議会は、 〈以下の条項すべての主語になります。この主語が冒頭にあると思って読んでください〉

 

〈前半部分は省略、Part2で〉

 

1. 日本における親による子どもの誘拐によって苦しむ子どもの状況、ならびに関連法や司法判断が日本国内のいずれの場所においても執行されていないという事実に対し、懸念を表明する。また、日本国内にいるEUの子どもは、自身の権利を守る国際協定によりもたらされる保護を享受しなければならないことを想起する。

 

2. EUの戦略的パートナーである日本が、子どもの誘拐事件における国際的なルールを遵守していないと見受けられることを遺憾に思う。また、1980年採択のハーグ条約に基づく子どもの返還に関する手続きにおいて、日本および関係国の裁判所が下した決定が日本国内で効果的に執行できるようにするなど、法的枠組みを改善する必要があることを想起する。

 

3. 子どもの人権原則が日本政府の国家活動に左右されているという事実を強調する。また、とりわけ両方の親に対する子どもの権利を守るために、多くの立法的および非立法的な措置が必要であることを強調する。また、取り残された親に与えられたアクセス権と訪問権、および日本在住の子どもとの有意義な接触を維持するための後者〈訪問権のことか?〉について、裁判所の決定を効果的に執行するように日本の各当局に要請する。 この決定は、常に子どもの最善の利益を念頭に置いてなされるべきであることを強く主張する。

 

4. 時間の経過が、子どもおよび取り残された親と子どもの将来の関係に対し長期的な悪影響を及ぼす可能性があるため、子どもの誘拐事件には迅速な対応が必要であることを強く主張する。

 

5. 親による子どもの誘拐は、子どもの幸福〈原文ではwell-being〉に害を及ぼし、長期的に有害な影響を与える可能性があることを指摘する。また、子どもの誘拐は、子どもと取り残された親の両方にとって精神的障害の問題につながる可能性があることを強く主張する。

 

6. 1980年採択のハーグ条約の主な目的の1つは、親により誘拐された子どもを誘拐される直前の「常居所」に迅速に戻すことを保証する手続きを制定することによって、親による子どもの誘拐による有害な影響から子どもを保護することであることを明確に示す。

 

7. 子どもの権利を扱う欧州議会のコーディネーターによる支援、およびこの状況に対する取り組みへの関与を歓迎し、請願委員会と協力して請願者が提起した事件に対処するよう引き続きコーディネーターに依頼する。

 

8. 子どもを保護するすべてのシステムには、国境を越えた紛争の特異性を考慮して、多国籍かつ国境を越えた機構を整備しなくてはならないと断言する。

 

9. ハーグ会議と連動して、国境を越えた家族の紛争において親に支援を提供するため、ヨーロッパの市民が利用しやすい情報支援プラットフォームを設置することを提案する(例:第三国における親による子どもの誘拐およびその他の子どもの権利に関する情報を含むe-Justiceポータルの完成)。

 

10. 離婚または別居の際に日本のような国で遭遇する可能性のある困難に対する警告を含め、第三国における家族法および子供の権利について信頼できる情報を国民に提供することを〈EU〉加盟国に勧告する。

 

11. 日EU戦略的パートナーシップ協定〈SPA〉の合同委員会を含む、ありうる限りのフォーラムでこの問題を提起するという〈欧州〉委員会のコミットメントを歓迎する。

 

12. 日EU戦略的パートナーシップ協定〈SPA〉の一環として組織される次の会議の議題に、この問題を含めるよう欧州連合外務・安全保障政策上級代表〈原文ではVP/HR、EUにおける外相に相当〉に要請する。また、この問題に対し刑法および民法を適用するように日本の各当局に要請する。

 

13. 1980年採択のハーグ条約の下、取り残された親がその子どもへの接触を維持できるよう支援することを含め、第6条および第7条に規定されている中央当局の義務を履行できるようにするために、日本の各当局が義務を負っていることを想起する。

 

14. 「領事関係に関するウィーン条約」加盟国の代表者が領事の義務を果たすことができるように、特に、子どもの最善の利益および親(即ちEU市民)の権利の保護が危機にさらされている場合において、前条約の条項を尊重するべく日本の各当局が義務を負っていることを想起する。

 

15. 親のアクセス権と訪問権を制限、あるいは完全に無視することは、UNCRC〈子どもの権利条約〉第9条に反するということを重要視する。

 

16. UNCRC〈子どもの権利条約〉締約国の義務、とりわけ、子どもの最善の利益に反しない限りは両方の親との定常的な人間関係および直接の接触を維持するという子どもの権利を強調するよう、〈欧州〉委員会および〈欧州〉理事会に対し要請する。 

 

17. この点において、日本の各当局の国際的なコミットメントと国内法を一致させるため、両親の関係が破綻した後の共有または共同監護を可能にすべく必要な法制度の変更を実施するようにという国際的な勧告に従うこと、ならびにUNCRC〈子どもの権利条約〉の下の義務を反映したアクセス権と訪問権となることを確実にすることを、日本の各当局に対し要請する。また、日本の各当局に対し、批准したUNCRCへのコミットメントを守るよう要請する。

 

18. EUとの協力を強化すること、ならびに裁判所の決定によって取り残された親に認められたアクセス権と訪問権の効果的な執行を可能にすることを、日本の各当局に対し要請する。

 

19. 国およびEUレベルのあらゆる利害関係者による国境を越えた調停の勧告に特別な注意を払うよう、〈欧州〉委員会に対し要請する。

 

20. 子どもの保護に関するすべての国際法、とりわけ1980年採択のハーグ条約を履行するために、〈EU〉加盟国間と第三国との間における国際協力を強化することを要請する。

 

21. 親との接触が関係する場合を含め、判決後の状況の適切な監視が極めて重要であることを強く主張する。〈EU〉加盟国の外務省や在日大使館のウェブサイトを通じ、日本国内における子どもの誘拐リスク、ならびにその際の日本の各当局の振る舞いについて連絡することを加盟国に対し要請する。

 

22. 子どもの権利の促進と保護のための〈欧州〉委員会ガイドラインに基づき、〈EU〉加盟国に設置されている国境を越えた可能性のある子どもの誘拐の速報システムの連携強化すること、システムが無い加盟国では警報の機構を設けるべく委員会と協力すること、ならびに国境を越えた誘拐事件を扱う関連協力協定の締結について報告することを、〈欧州〉理事会に対し要請する。

 

23. 子どもの保護に関する国際法の下の義務を日本の各当局に完全に履行させるよう圧力をかけるため、〈EU〉各加盟国に対し、共同の取り組みに着手し、日本とのすべての二国間または多国間会議の議題にこの問題を盛り込むよう要請する。

 

24. この決議を、〈欧州〉理事会、欧州委員会、〈EU〉加盟国の政府および議会、ならびに日本の政府および議会に転送するよう、議長に指示する。

 


★ 解説

 

1

ここで表明される懸念は、EUの子どもに限っていません。

 

2

人権や自由といった、EUと同じ価値観を共有しているはずの日本で、このような著しい人権侵害である実子誘拐がまったく解決されていないのでは、遺憾に思うのも当然と言えます。

 

3

この条項はかなり痛烈で、日本政府の行動いかんで子どもの人権が如何様にも扱われ得ることを述べています。日本では、子どもの権利条約はまったく守られておらず、子どもの最善の利益についての明確な規定もありません。司法の場では子どもの権利は非常に軽くしか扱われません。

 

4

実子誘拐においては時間が重要なファクターとなることを述べています。調停にしても非常に遅くしかすすまない日本の現状に対するカウンターでもあるでしょうが、そもそも実子誘拐に対しては即時の司法介入が必要であるという認識があるものと思われます。

 

5

実子誘拐自体に一般的に悪影響があることを指摘しています。また実子誘拐による精神的な障害は、子どもだけでなく親にも及ぶと強く述べています。実子誘拐には精神的加害性があると、明確に言い切っていただきました。もちろんEUかどうかに関係なく、です。

 

6

ハーグ条約の目的について述べています。実子誘拐が国境を跨ぐ跨がないで、子どもへの有害な影響が変わるはずもありません。ここを矮小化して国境を跨ぐ誘拐に限定することは、ハーグ条約の目的に明確に反しているといえます。ハーグ条約の前文にも明記されています。

 

10, 21

すでにEUの一部の国で行われている日本への渡航注意情報やそれに類するものを、他のEU各国にもやってもらおうという要求と思われます。21では継続的な監視の必要性も述べていますが、これは合意が反故にされるケースも多いことを念頭においていると思われます。

 

11, 12, 23

この問題、つまり実子誘拐や単独親権の問題を、今後様々な会議で取り上げて圧力をかけるとしています。11ではありうる限り(every possible)と強い姿勢を見せています。

 

15

子どもの権利条約の第9条に違反している日本の現状を強く主張しています。

 

16

子どもの権利条約に書かれていることですし、2019年3月のCRC勧告にも同じことが記載されています。

 

17

共同監護(joint/shared custody)を要求しています。これも2019年3月のCRC勧告と同じといえます。言語により言葉の定義が異なるため親権と訳してもいいのですが、ここでは監護としました。このあたりの言葉の使い分けは、言葉の定義をしないと意味がありません。

 

コミットメント

決議中に何度かでてくるコミットメントですが約束、責任、義務といった意味であり、ここでは日本が締約している様々な条約や、その内容を指しています。

 

欧州理事会、欧州委員会

EUの統治機構については以下のサイトが参考になると思います。

http://eumag.jp/questions/f0417/